ネパール西部・ポカラの街は、美しいフェワ湖と雄大なアンナプルナ連峰を背景に持つ、自然と神話が共鳴するような場所である。なかでもその旧市街の一角、ミルワ(Miruwa)と呼ばれる丘陵地に佇むのが、ポカラでもっとも霊的な聖地のひとつとして知られるビンドゥパシニ寺院(Bindhyabasini Temple)である。
このヒマラヤの女神信仰の要としての寺院は、観光スポットとしてだけでなく、南アジアの宗教的・歴史的文脈の中でも極めて重要な意味を持っている。


女神信仰と南アジアの神秘構造:ドゥルガー女神とビンドゥパシニ
「ビンドゥパシニ」という名は、サンスクリット語に由来する。「ビンドゥ(बिन्दु)」は“点”あるいは“種子”、すなわち宇宙の原初的粒子を意味し、「パシニ(पासिनी)」は“見る者”を意味する。つまりこの女神は、宇宙のはじまりを見つめる存在であり、ヒンドゥー教の宇宙観における根源的エネルギーを象徴している。
この寺院に祀られているのは、インドで戦いや勝利の神格として知られる女神ドゥルガー(Durga)の化身である。寺院の創建は18世紀のカスキ王国時代に遡り、当時の王がインド・ビンディヤ山から神像を持ち帰ったという伝承が残っている。これは、インドとネパールにまたがる女神信仰の文化的つながりを示す好例でもある。

空間としての聖性と祈りの風景:ポカラのスピリチュアルスポット
ポカラの観光地としての顔だけでなく、ビンドゥパシニ寺院は都市構造の中で精神的な高所に位置している。白亜の本殿が空と山に抱かれるように建っており、石段を登るごとに、訪問者の心もまた祈りの静けさへと導かれる。
風に揺れる祈祷旗、僧侶の唱えるマントラ、参拝者の額に押される赤いティカ。これらの細部が織りなすのは、ネパールのヒンドゥー寺院に共通する生きた信仰の風景である。
また、今なお伝統的な**動物供儀(ヤギの奉納)**が行われている点も注目に値する。これは古代から続く神と人との“命の契約”の儀礼であり、現代に生きる私たちにとって信仰とは何かを問い直す体験となるだろう。



終わりに――ネパールの信仰文化と心の風景
「神は高みに宿る」――ヒマラヤ文化圏において、この言葉は比喩ではなく、実感として語られるものだ。ビンドゥパシニ寺院もまた、その高みで静かに旅人の訪れを待っている。
ポカラの寺院巡りの中でも、この寺院が放つ深い霊性は特筆に値する。それは、単なる建築物や観光名所ではなく、人間の心が静かに向き合うべき「問いの場」なのである。